
前回のコラムでは、水根フェーズからエゴフラワー期へと移行する過程で現れる「2.5 花瓶のフチ子」状態について触れました。
今回はその続編として、同じエゴフラワー期の中でも少し異なる、もうひとつの咲き方――
「病という形で咲くインナーフラワー」について書いてみようと思います。
これまでにもお伝えしてきたように、エゴフラワーとは「自分と世界は違う」という分離意識をはっきりと獲得する段階です。
自分の輪郭を明確に感じ
「私はここにいる!」
「私は咲いた!」
と外側へ自己を表現していく。
そんな“外向きの開花”を経験する人が多いのが、このフェーズの特徴です。
けれど、すべての人がそのように外へ花を咲かせるわけではありません。
中には、真逆の方向――つまり“内側”に花を咲かせていくタイプがいるように見えるのです。
そしてその内側の開花は、しばしば「病」という形で現れることがあります。
私はそれを、“インナーフラワー”と呼んでいます。
少なめだけど存在するインナーフラワー型
このインナーフラワーを咲かせる人は、数としては多くありません。
というのも、いわゆる自己啓発の世界に惹かれる人たちは、どちらかといえば外側に咲くタイプ――エネルギーを外へ放ち、行動や発信を通して自己を表現する傾向があるからです。
そもそもの母数が(おそらく)少なめで、尚且つ「自己啓発に惹かれる層とはちょっと異なる」属性だと思うので…
私自身もこれまでに出会ってきた母数が少なく、まだ仮説の域を出ない部分もあります。
それでも観察していると、このインナーフラワーの人たちは、通常であれば
「3:エゴフラワー → 4:しおれ → 5:球根」
という順番で進むフェーズを、同時進行で体験しているように見えるのです。
たとえるなら、スキンケアを3ステップで順に行うか、それとも化粧水・美容液・乳液をすべて混ぜた“オールインワン”を使うか、という違い。
プロセスが一体化しているのです。
つまり、インナーフラワーを咲かせる人は「咲く→枯れる→根に戻る」という循環を、外的なフェーズとしてではなく、ひとつの内的プロセスとして同時に起こしている。
「病」として現れているその状態自体が、すでに“しおれ”や“球根化”を内包している――そんな風にも見えます。
ユング心理学から見る「病」について
ちなみにユング心理学では、病は単なる故障やエラーではなく、無意識が意識にメッセージを届けようとする象徴的な現象とされています。
意識がその声を受け取れないとき、身体が“代弁者”となって無意識の意図を表現する。
そのとき現れるのが、症状という名のメッセージです。
無意識は私たちの敵ではなく、むしろ全体性(セルフ)を回復させようとする“自己調整機能”として働いています。
外側の世界に咲く花が「社会的成功」や「自己実現」だとすれば、内側に咲く花は「魂の成熟」や「個性化」のための過程です。
病という形で咲くインナーフラワーは、意識と無意識が再び出会うための通路。
それは、ユングが「個性化プロセス」と呼んだ旅路の中で、内なる自己が自らを癒やし、再統合していく瞬間でもあります。
身体は、無意識の声を翻訳する装置のようなもの。
だからこそ、病という形で咲くインナーフラワーは、決して“終わり”ではなく、内側で起きている“目覚め”のサインなのかもしれません。
あとがきというか、私の個人的なゴニョゴニョ
今回の内容を書くかどうか、正直かなり迷いました。
病という形で咲くインナーフラワーの話は、体や命に関わるとても繊細なテーマですし、素人が軽々しく触れていい話題ではないと思っていて。
それでもあえてこの場所に書いたのは、脳トレカレッジや植物モデル、そしてそこから派生する7教科のベータ版として記録を残しておきたかったからです。
なので、今回の内容は一般公開する予定はありません。
メンバーサイトの中だけで、静かに共有していきます。
(みなさんもこの話は右から左に流しておいてください)
ここから先は「新カリキュラム」カテゴリの話というか、私の個人的な背景なのですが、ちょっとだけ昔話を。
私が25歳くらいの頃、「医者と結婚して人生を立て直そう」なんていう浅はかな野心を抱いていました。
ちょうど周りが次々と結婚していく時期で、焦りもありましたし、なんとなく医者と結婚すれば人生いっちょ上がり的な…
ね?←アホ。
ところがその“軽い気持ち”のわりに、なぜか現実の方がどんどん動いてしまって、医師専門の合コンを開いていた同年代の女性と仲良くなり、そこから研修医や若手医師たちと出会う機会が増えていったんです。
今思えば本当に不思議な流れでした。
潜在意識や現実創造なんて何も知らなかった時代に、なぜかそんな経験をすることになっていた。
そしてその時の出会いの数々が、まわりまわって今の「心」や「意識」の探究へと繋がっていくのだから、人生って本当に面白いものです。
もちろん、当時出会った医師たちは十人十色で、人格も価値観もさまざまでした。
ただひとつ共通して感じたのは、「女遊びは激しくても、仕事への情熱は本物」ということ。
命を扱うという職業に対して、彼らが注いでいるエネルギーは、他の誰よりも真剣で、真摯でした。
その時の経験があって、私は今でも「病」や「医療」という領域は、あまり軽々しく語るべきではないというか。
もちろん私が語っちゃいけないなんてことはないけれど、無配慮で土足で踏み込んではいけない気がして。
なのでこの後書きは、そんな背景を少しだけ添えておきたくて書きました。
私は現代医療の知識は全くないけれど、別の角度から見たときに「病という形をとった、魂の成熟プロセス」もあるんじゃないかなぁと。
そんなことをひっそり感じてます。
ま、表では書かないけどね。
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